ドレイ国家日本
「ドレイ国家日本:軍事占領ついには戦後六〇年間も続くことに:孫崎 享氏」 憲法・軍備・安全保障
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ドレイ国家日本:今日の日米関係を見る時、日本は余りにも米国の要求をそのまま受け入れ、ほとんど自己の主張をしていない。
沖縄基地問題、思いやり予算という基地支援、TPP,円高、米国再購入等。
占領時代からの体質をひきずってきたからでないか。
では占領時米国は日本をどう見てたか。
(『マッカーサー回想記』):
「私は日本国民に対し事実上の無制限の権力をもっていた。歴史上いかなる植民地総督も征服者も、私が日本国民に対してもったほどの権力をもったことはなかった」
「軍事占領は、どうしても一方はドレイになり、他方はその主人の役を演じ始める」
つまり自主的判断ができない存在。
トルーマン大統領は次の記述。
「マサチューセッツ工科大学総長コンプトン博士は、帰国後ホワイトハウスに来て私に説明。
彼の覚書。
日本は事実上、軍人をボスとする封建組織のなかの奴隷国だった。
そこで一般の人は、一方のボスのもとから他方のボス、すなわち現在のわが占領軍のもとに切りかわり。
彼ら多くの者にとりこの切りかえは、新政権の下生計出来れば、大したことではない」。
占領中、吉田首相の「対米追随路線」は、しかたなかった面あり。
問題は彼が講和条約以降も首相の座に居座り続けたこと。
安保条約中心に、占領中の対米追随路線が占領後もまったく変わらず継続、ついには戦後六〇年間も続くことに。
特に在日米軍の有り様は占領時代と何も変わっていない。
米軍が今日でも占領軍メンタリティで日本に対応していても不思議はない。
占領時代、日本は何故マッカーサーや視察にきたマサチューセッツ工科大学総長等に「日本はドレイ国家」と見なされたのであろうか。
一つは吉田首相の態度。
多くの人のイメージと異なり吉田首相の実態は米国に卑屈。
ウィロビーGHQ・G2部長として諜報・保安・検閲を担当)は著書で、犬丸帝国ホテル社長談話を引用。
「吉田さんは帝国ホテルのウィロビー部屋へ、裏庭から忍ぶようにしてやって来たりしたよ。裏階段を登ってくる吉田さんとバッタリということが何度もあったな。あの頃はウィロビーの所で総理大臣になったり、あそこで組閣したりだった」
国会議員、黙って見過ごしていて責任、感じないのか。
民意はどうでもいいのか。
一〇日時事
「原発、65%が廃止求める=時事通信2月世論調査。全国の成人男女4000人を対象に面接。1190人が回答。推進派は計9.1%」
野田首相は9.1%の代表者
民主党政権にはがっかりしているが。
自らの大事故で何も学べない日本の政治家。
他国(日本)から学べる独。10日産経
「メルケル首相は”(日本のような)先進工業国でも危機に陥った。独で起きないとは言えず、脱原発を決意”と強調。脱原発は”独が再生エネルギー市場を先頭で引っ張っていくチャンス”と指摘」
政治家の優劣明白。
>「メルケル首相は”(日本のような)先進工業国でも危機に陥った」これは少し日本を買いかぶっているように思えます。むしろ「日本だから起こった」と言い換えたくなります。