本澤二郎の99北京旅日記(1)

<漏れてきた衝撃認識>
 「日本は戦争をするかもしれない」「過去を正当化する歴史認識が、公然と日本で報道されている。以前とは違う。これらは我々にとって信じがたいことだ」――。6月3日深夜、北京空港に到着して間もなくだった。親切に出迎えてくれた日本研究者のソウ君の口から飛び出した。呑気な日本人にとっても、隣人からのこうした見解は衝撃的である。安倍や石破ら自民党の異様な改憲発言、加えて石原・橋下の暴言の数々についての、隣国人の率直な印象なのだ。彼は、さりげなく口にして話題を変えた。



 当然とはいえ、72年の日中友好の姿は、ほとんど影をひそめてしまい、北京でそれを見つけることなど出来ない。それも当然だろう。あれほどの侵略戦争を繰り広げた日本である。従って戦後は、平和憲法のもとに経済優先で復興を果たした、そんな日本に対して、中国は賠償放棄という一大決断をして国交を回復した。
 反省と謝罪をした田中角栄大平正芳の日本政府を信じた毛沢東周恩来の世紀の決断だった。それが今の安倍内閣の対応はどうだろうか。戦後体制の否定に躍起となり、遂には戦争の出来る日本改造にまっしぐらに突き進んでいる。
 しかも、目の前の7月参院選圧勝を手にしようとしている。平和や日中友好を公約にしてきた公明党創価学会のテコ入れによるものだろう。不甲斐ない野党、そして新聞テレビは財閥に屈したままで正論を吐けない。
 ソウ君の言葉で、後ろから棒でたたかれたような衝撃を受けてしまった。しかし、日本国民は隣国人の精神を砕いているこうした軋轢を全く感じていない。新聞もテレビも逆の報道をしている。ひたすら隣国の悪い問題を取り上げているばかりなのだ。
 初っ鼻から目を覚ませ、覚醒せよ、と祈るような気持ちで叫ばねばならない筆者である。大平正芳池田大作のような友好派人物は、日本に現れないのか。安倍・自民党国家主義・偏狭なナショナリズムを止めないと、本当にアジアには深刻な事態が招来するかもしれないのだ。
<東京は梅雨晴れ>
 99回目になる訪中の旅は、大平が友好の懸け橋にと期待をかけた北京外語大学日本学センターと天津の東北亜研究所が用意してくれた。周恩来の肝いりで誕生した外交学院の日本研究所も誘ってくれた。改めて、友人・家族の支援に心から感謝したい。勇気を平和軍縮派の宇都宮徳馬がくれた。リベラル派の信条である。
 梅雨晴れの6月3日午後、灰色の都市・東京を脱出した。品川駅からの快速成田空港行きは予定通り出発してくれた。千葉駅を通り越すと、周囲の水田や森の緑が、心や目を癒してくれた。快適な北京を約束してくれているようだった。
<米機デルタ航空大好きな中国人>
 夕暮れ時の成田空港は、人ごみから解放されていて、閑散としていた。乗客にとってありがたい空間である。出国手続きに長い行列をつくる必要が無い。それでいて北京行きの米機デルタ航空は満席なのだ。
 北米から飛んでくる同機は、一端成田で駐機、新たな乗客を乗せて飛ぶ。例によって中国人が席の多くを占拠していた。べら棒に大きな荷物で、機内の荷物棚ははちきれそうになってしまった。
 中国人はデルタ航空が大好きなのである。日本や中国の飛行機に比べて安い運賃だからである。
 隣り合わせた中国人女性は、10数年の日本での仕事を止めて帰国するのだという。河南省鄭州の故郷に帰り、親孝行をしたいのだという。彼女は3・11を栃木県で迎えさせられた。両親が「直ぐ帰れ」というのを断って、頑張ってきたのだという。
 臭いも色も無い放射能にさしたる恐怖を感じていないのだ。正確な情報から遠ざけられてきた中国人なのだった。鄭州では日本企業で働くか、それとも通訳でも、とのんびりと構えていた。
2013年6月5日記