早くも政界再編の予感。口火を切るかモナ男。

黄泉の国から   「岩下俊三(旧姓)のブログ」からリユーアル


彼は加藤武ではない。彼は金田一耕介のまえで「よし、わかった」と自分の手をたたく警部ではなくて、民主党の新幹事長なのだ。電光石火いきなり幹事長になった男=大畠章宏は組合の代表である。ついに民主党も本家帰りしたのであろう。

やはり本家は日本社会党だったのかと今更ながら妙に納得してしまうのである。彼が急に躍り出たということは民主党のふがいなさにしびれを切らせた「連合」のクーデターであるともいえる。

、、、といっても断末魔の民主党内で何が起きても、だれも、なにも期待しないけれど。


しかし大畠こそが原子力ムラの推進役であり、かつ戦後「組合」という一定の政治勢力から出てきた日本社会党を本家ととする典型的な55年体制タイプの代議士である。輿石と同じ組合出身であるが良き時代の「総評」「日教組」の輿石と、「連合」日立労組専従とはやや違うけれど、どちらも旧社会党の匂いだけはぷんぷんしている。

期せずして組合色の薄かったみずほちゃんとモナ男は職を辞し、貧すれば鈍するこのタイミングで旧社会党利益集団がむくむくと頭をもたげてしている。旧「サヨク」の復活である。おなじく自民党がかっての土建屋にもどっているように、民主・社民の本家=旧社会党本家帰りも急であるようだ。


またモナ君には早いとこ見切りをつける理由があったのだとおもう。こんな労働組合の使い走りなんかに自分の政治家としての才能を潰されてなるものかと、すでに利用価値のなくなった民主党の幹事長をすぱっとやめてしまった。自分には才能自惚仲間の蹶起が待っているのだ。泣いてここにしか居場所のない海江田と一緒にされては、かなわない。、、、ということだろう。

モナと同じく、胸をはだけて権力を探し彷徨する熊本の造り酒屋の三代目と、わかくして元総理秘書官だったことだけが自慢のオールバック口先野郎も、いずれも自分の党では芽が出そうもない「それぞれの事情」を抱えているのである。

たとえば鳩山という「スカ」を引いてしまった松野頼久は自分の党にいけば、うるさい爺達が威張り散らし、暴言を吐き続けることでしか忘れられないでいられる(ゲッツやねずみ先輩にはなりたくないから)テレビタレントしかいない「維新」でこのまま腐りたくはないだろう。また同様に、かっては官邸の森蘭丸とまで言われた江田憲司にしても、いつまでも渡辺商店の丁稚でいる訳にはいかず、特に親父の地盤の継承で選挙音痴のままで白髪になったお坊ちゃんの我儘に付き合って、「ローランド」などというトンデモ候補を担ぎ出した党首に辟易しているのだ。

細野モナにしても松野や江田に共通しているのは、いろんなそれぞれの事情から「若いときに目立った」のでいつの間にか自分の実力を「過信」しているところだろう。だから彼らを僕は「才能自惚れ集団」と名付けたのだが、この三人を核に政界再編が起こりつつあるのは事実なのである。

大きく分けると憲法防衛問題にしても党内で大きな隔たりがあり、もうすこし選挙民に分かりやすい「野党」を形成する必要があり、過度な分裂で死票を増やして結果自民ナンミョウ与党に貢献しているのはいかがなものか。

せめてやや右寄りとやや左よりとの二党がテーマごとにパーシャル連合を組むことで、自民の分裂(区分け)を誘発させ大規模な政界再編につながることを期待するしかなかろう。(今となっては)

生活の党、社民党、緑の風、緑の党新党大地、などが大同団結しても残念ながら「数」のうちに入らない。理想は高く非妥協的であることは僕の政治信条に「個人的」には合致するけれど、実態は「数は力」であり「力は数」なのだ。

どういう形であれ政界再編は無ければならない。なぜなら安倍政権は早晩破綻するからである。もっと分かりやすい政治的基盤が早く再構築されないと日本列島自体が沈んでしまうのだ。

望むらくは、、、

党利党略私利私略の合従連衡ではなく、個別の政治課題によって政界再編が行われることを希うばかりである。たとえば憲法問題などで。(ただしナンミョウは論外)