本澤二郎の「日本の風景」(1442)

村木厚子次官が断言する「誰にも起きる」冤罪事件>
 厚生労働事務次官村木厚子さんの記者会見の大事な指摘を、油断して忘れるところだった。「誰でも陥る虚偽自白・冤罪事件」ということなのだ。彼女の場合は、検察の証拠の改ざん発覚と、善良な裁判官のお陰で救われた。それでも160余日も自由を奪われ、人間生活を強制的に放棄させられた。周囲の証言と執拗な取り調べによって、弱い人間は虚偽の調書に「やりました」と署名してしまう。たとえ本人が否定しても、裁判所は有罪判決をするだろう。判事は検事を信用するという、日本的ルールが確立しているからだ。「間違ったら引き返せる制度を」と彼女は法制審議会で訴えている。取り調べの「可視化」は不可欠だが、それでも検察や警察は依然として抵抗している。冤罪事件は今も。



<虚偽自白の恐怖>
 刑事事件の捜査はさまざまである。「法と客観的証拠」で固めればいいのだが、人間のやることである。成功も失敗もある。悪人であればあるほど、罪状を認めないものだ。ここが捜査の厳しい側面だが、近代の刑事司法は自白偏重を禁じている。
 客観的な証拠の存在を不可欠としている。捜査の要は、客観的証拠集めに集中すべきなのだ。そうであれば虚偽自白の強要は必要ないだろう。戦前の捜査は、全て虚偽自白の強要による有罪判決といっていい。
 この悪しき自白偏重の取り調べから卒業すべき時代である。村木さんも取り上げていたが、PC遠隔操作によるなり済ましメール事件で、4人の若者が誤認逮捕された。半数の2人は「やった」と自白した。やっていないのに「やった」とは、一体どういうことなのか。
 まだ記憶に新しい事案である。同じことが村木事件でも起きていた。「村木課長の指示で」というたぐいの証言が、関係者の半数もいたというのである。
<取り調べ段階での弁護人も>
 虚偽自白という白と黒を自在に駆使する人間の存在に仰天するばかりだが、現実にこれは誰でも陥る罠なのである。捜査は、ここに的を絞ることになる。自白偏重は、実に容易な捜査方法なのだ。
 従って法廷では、裁判官は被告人調書が真実なのか、虚偽なのかを見極める能力がなければならない。その才能のない裁判官は弁護士になればいい。
 制度面の改正でも対応できる。捜査段階から弁護人をつけるのである。刑事司法に素人の被疑者に弁護士をつけることで、違法な不当捜査を抑制できる。村木さんの場合も、途中で怖くなって弁護士に手紙を書いて取り調べの異常を訴えている。むろん、刑事被告人の段階でのことだ。
 欧米では、被疑者段階でのこれが当たり前になっている。みのもんたセガレが逮捕された時点で「弁護士を呼べ」とわめいたと報道されているが、ハリウッド映画ではよく出てくる情景である。被疑者段階での国政弁護を制度的に認めるべきだろう。そうすれば冤罪事件は激減するだろう。
<人間の弱みをつく取り調べ>
 筆者も不勉強で理解出来なかったのだが、やっていないのに「やった」と虚偽の自白をする人間が謎だった。しかし、足利事件が表面化する場面で、ようやくわかった。
 村木さんも、この事件を取り上げて説明した。「私の娘が通う大学の授業で、足利事件が課題になった。多くの学生は、なぜ虚偽自白をしたのか、という疑問に対して、それは犯人にされた菅家さんが弱い人間だったため、と考えた。娘はそうではない、と思ったが、そのことをどうしたらわかってもらえるだろうかと真剣に悩んだ、と話していた。強い人間であれば大丈夫なのか?そうではない」と。
 彼女は自らの体験から「人間は弱い。どんな人間も弱点がある。そこをつかれたのだ」と断じた。その通りであろう。
 郵便不正事件で有罪判決を受けた部下だった係長の被疑者ノートを読んだ村木さんである。人間は弱い。だから彼女は「私は負けない」という題名本を出版し、市民に勇気をもて、と叫んでいる。勇気を持たないと、何事も流されてしまう。それが人生なのである。
足利事件を引用>
 無実の市民を17年間も獄につないでいた日本の司法に対して、自由の身になった菅家利和さんは「刑事ら取り調べの責めがすごかった。早くはいて楽になれ。お前がやったんだと。刑事・検事・裁判官を絶対許せない」と叫んだ。
 この当事者の何人が謝罪したのであろうか。反省と謝罪のない者は、また繰り返すだろう。菅家さんの父親は、息子が逮捕された衝撃で亡くなった。母親は釈放2年前に亡くなった。
<負けない人間になれ>
 1990年栃木県足利市のパチンコ店駐車場から女児が行方不明、翌朝近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見、菅家さんが誤認逮捕、無期懲役にされた冤罪事件である。
 いま菅家さんはどうしているだろうか。捜査関係者は?過ちを認め、謝罪してほしい。そうでなければ、筆者も日本国民も彼らを許せない。
 お互い「負けない」人間にならなければ、この社会は崩壊するだろう。
2013年10月28日9時10分記