本澤二郎の「日本の風景」(1441)

<「私は負けない」(村木厚子・厚生労働事務次官)>
 10月23日に日本記者クラブで検察批判の本を書いた厚生労働事務次官村木厚子さんの記者会見をYou Tubeで見た。冤罪で164日も拘留生活を強いられてきた彼女が、検察の不当・悪辣な取り調べの実態を、被害者の立場で暴露するという話題の「私は負けない」(中公新書)出版宣伝を兼ねた会見である。生の声を初めて聞いたのだが、彼女はとても優しいし、それは検察官に対しても「検事さん」と呼ぶほどである。普通であれば、冤罪で164日拘留は気が狂うところである。今の彼女は役人の最高峰の地位、夫も役人と聞いている。検察も役人という職場環境も影響しているのであろう。



<郵政不正事件と政治捜査>
 当時の報道から、筆者も判断を間違えてしまっていた。担当係長が偽の障害者団体の郵便物を特例扱いにした不正事件に、当時の政権党幹部が関与していたというものだ。これに認可の判をつかせた厚生労働省幹部と民主党幹部という構図は、よくあるありふれた筋書きだ。
 民主党政権下での検察の民主党狙いの政治捜査は、小沢・鳩山事件と同類であるのだが、そこまで判断が及ばなかった。

 政権交代前から検察が、民主党壊滅を狙っていたことは、小沢事件で証明できているが、それは民主党政権後も繰り広げられてきたことになる。自民党検察庁の腐敗構造を裏付けている。自民党は検察人事を牛耳ることで、小沢や鳩山を退治することが出来た、といえるだろう。正義の検察は、本来の使命・実態を反映していない。
 日本の民主主義の危うさである。歴代検事総長の責任は重大である。検察の権威失墜を裏付けている。政治捜査は許されない。もちろん、犯罪事実を裏付ける証拠があれば、これは堂々とやればいいだけのことである。
<記録を付けてきた村木さん>
 彼女は取り調べの状況を克明に記録してきた。そうして出版にこぎつけることが出来た。筆者も息子の医療事故を日々大学ノートにメモを残した。その結果、事故10年後に「医師失格」(長崎出版)を世に問うことが出来た。これは今も続行中で、月刊誌「財界にっぽん」に記録している。財閥・東芝経営の東芝病院の嘘と隠ぺい、さらにはそれに加担する検察と検察審査会に対して「負けない」と意気込んでいる。
 弱者である個人は「負けない」「舐(な)められない」を、いつも肝に銘じて官権と対峙してゆく。そこから民主の花が開くことを信じたい。そうでないと、社会は前進しない。
 この種の事例は、腐るほどあるに違いないが、庶民はこの記録することに長けているとは限らない。
 「裁判中は起訴休職、家で専業主婦。きちんと記録を残そうと書きとめてきた」「(有罪になった)係長の被疑者ノートを弁護士が差し入れてくれたので、彼もひどい捜査で苦しんでいることを知り、それもノートに書き留めた」
<拘留初日に「起訴する」と宣言する検事>
 彼女は検事捜査の問題・課題を述べた。それは「2人の検事から20日間拘留できる。その後に起訴すると最初から宣言された。取り調べをする前に結論を示された」というものだ。
 最初に結論ありき、の捜査は、戦前の特高警察レベルであろう。「法と証拠」がないままに、検察の描く筋書きが新聞テレビによって報道される。世論操作はいとも簡単なのだ。
 警察官僚OBの亀井静香が「男を女、女を男に変えることは出来ないが、それ以外のことはなんでも出来る」と語っていたが、彼女の捜査もそうだった。
 「いくら事実はこうだと否定しても、それを調書に書かない。言っていないことを調書にして、サインしろと迫る検事捜査だった」「さすがに怖くなって弁護士に手紙を出した。書かれている内容は、自分ではない。別人格のものでサインできないと突き返した。すると捜査担当検事は上司を相談するという。以来、調書を作らないことにした」
<作られる調書>
 法廷での証拠となる警察や検事の調書は、あらかじめ想定した内容に作られる。其れをありとあらゆる方法で、被疑者にサインさせる。正に作られる証拠、歪曲・ねつ造される調書で、被告人は有罪とされる。
 怒り狂うような告白を、彼女は持ち前の優しさで「検事さん」の横暴な取り調べを淡々と語った。
<証拠改ざんを暴いたフロッピーデスク>
 絶体絶命の彼女を救ってくれたのは、係長が保管していたフロッピーデスクだった。「捜査報告書にフロッピーデスクのあることが判明して、検事さんの証拠改ざんが判明した」という劇的な展開となる。
 人間の記憶はあいまいである。正確な記録を残しておかないと、そうかなと勘違いするものだ。周囲の仲間が皆ある方向に向いていると、余計に「そうかな」となる。
 彼女は「本当に幸運だった。もしフロッピーが出なかったら、どうなっていたのか」といってため息をついた。冤罪を免れたのは1枚の電子版だった。
<大変な獄中生活>
 「164日の生活はすごく大変でした。自由のない狭い部屋。コンタクトレンズは使えない。むろん、パソコンも。ノートは2冊まで」
 一般人にはわかりようがない獄中生活だ。しかし、厳しさはわかる。推定無罪も、この国では推定有罪扱いなのだ。
 「六法全書もない。寝ころぶことも出来ない。座っていないと駄目。むき出しのトイレ。風呂は15分間に限られる。しかも、衛士の前で。部屋の真上には蛍光灯が光っている」
 ふつう人間はとても耐えられないだろう。座ることを強要される。便所も監視されている。監視付きの入浴では、人権をはく奪されている。これは戦前と変わっていないのではないか。
 「ともかく罪を認めて逃げ出したい」という心理に追い込まれる。しかし、彼女は抵抗した。「私は負けない」を貫いた。
<良い裁判官>
 彼女の幸運は、検察の証拠の改ざんをあぶり出すことが出来ただけではなかった。「良い裁判官」にも出食わすことが出来た。
 「12部が担当することが決まると、弁護士は良い裁判官に当たったと喜んだが、この言葉にショックを受けた」
 おわかりだろうか。善良な裁判官とそうでない裁判官のいる日本の法廷なのである。ヒラメ裁判官は悪い裁判官だ。ほとんどはこれに属している。彼女は良い裁判官に出食わしたのだ。幸運が2度続いて無罪放免されることになる。
<政治捜査の危うさ>
 日本の検察捜査に初めて疑問を抱いたのは、ロッキード事件である。その腐敗の大きさから右翼の児玉誉士夫中曽根康弘のはずだったが、ワシントンのお目当ては田中角栄だった。流れはその通りとなった。
 時の検事は、その後にマスコミでもてはやされ続けているが、息子の事件で司法取引して辞任したとされる。政治捜査の典型となった。その後に小沢・鳩山事件が続いた。
 筆者は複数の法務大臣経験者から「検察は証拠があるのに捜査をしない、反対に証拠が無くても犯罪者にする」という証言を得ている。当初は驚いたが、これが真実に近い。悲しいことだが、ワシントンや政権与党の走狗でしかない。これを禁じる制度の確立が必要である。
 正義の検察にするための、中立公正な独立機関にするのである。右顧左眄しない国民に奉仕する独立機関だ。このことを村木次官に代わって指摘したい。
2013年10月27日10時15分記